医師は世間から一目置かれる職業だ。知識があり、収入も安定し、社会的信用も高い。だが、もし医師という肩書きを捨てて“普通の社会”に入ったとき、果たしてその人はやっていけるのだろうか?
結論から言えば、「簡単ではない」が「不可能ではない」。
まず前提として、医師の世界は極めて閉鎖的だ。大学卒業後の進路はほぼ全員が医局か病院。周囲も全員医療者という環境で過ごすため、社会の“普通”との接点が極端に少ない。一般企業の仕組みや、営業、マーケティング、組織運営といった知識に触れる機会が乏しく、転職市場での「共通言語」が通じないことが多い。
たとえば、履歴書に「●●科専門医」と書いても、企業の採用担当にはそれがどれほど大変な資格か、どんな能力があるかが伝わらない。逆に「なぜわざわざ医師を辞めてうちに?」と疑念を抱かれることもある。
さらに、医師の多くは“自分の名前”で生きてきた。「◯◯先生」と呼ばれ、患者やスタッフから常に敬意を受ける存在だった。それが、名刺も肩書きもない世界に放り込まれると、誰にも必要とされない感覚に襲われる。プライドが邪魔をして、素直に教わることができない。自信と無力感の間で揺れる。それが現実だ。
しかし一方で、医師は間違いなく「生きていく力」を持っている。
何年もかけて膨大な知識を詰め込み、国家試験を突破し、命を預かる現場で判断を下してきた。その集中力、責任感、ストレス耐性は他の職業では得難いものだ。さらに、人と話す力、説明する力、問題を見極める力も、磨かれている。
大切なのは、“医師”としての自分を解体して、言語を変換することだ。たとえば「診断力」は「問題発見力」、「問診」は「ヒアリング力」、「治療計画」は「課題解決の提案力」と言い換える。そうすれば、企業でも通用する武器になる。
また、最近では医師が起業したり、医療AIやヘルステックの世界に飛び込んだり、教育、ライティング、行政、福祉などに転身する例も増えている。最初は“普通の社会”が異世界に思えても、飛び込んでしまえばそこにもルールと文化があり、時間とともに馴染んでいける。
医師は、普通の社会では“ちょっと変わった人”かもしれない。でも、そこで光ることはできる。
医師の価値は、免許証ではなく「自分が何をできるか」にある。
だから、医師を辞めても、人として生きていける。いや、生き直すこともできる。
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